tsukuruba studiosには建築家、グラフィックデザイナー、ソフトウェアエンジニア等、様々な職種のメンバーがいる。皆に共通しているのは、それぞれの分野の「職人」である、ということだ。

そして職人という生き物は、自らが日々使う「道具」に拘らずにはいられない。このremarkの記事を執筆するにあたっても、そのための道具に拘りを見せてしまうのが私たちの性だ。

日本語テキストエディタ「stone」

今回の記事は「stone」を使って書いている。stoneは、デザイン制作の老舗である日本デザインセンターのチームによって開発された、日本語に特化した「書く気分を高めるテキストエディタ」だ。

stoneは、デザイン会社の手によるソフトウェアらしい美しい文字組を提供している。他のテキストエディタにありがちな雑多な機能一切を画面から排除しているのが潔い。

原稿を気持ち良く書くことだけに特化したインターフェースを目指しているとのことで、実際に使ってみると、確かによく集中できる。特にフルスクリーンで使っていると、文字以外に何も見えなくなるので格別だ。

もともとstoneではなく「snote」(素のノート)という名前だった、という話を聞いても納得できる。

テキストエディタの盛り上がりとMac App Store

なるほど書いていて心地いいが、同時にどこか懐かしい気持ちにもさせられる。

実は、書くことに集中するためのミニマルなインターフェースを謳ったテキストエディタはstoneが初めてではない。2011〜2012年頃、同様のコンセプトを持つMac向けのテキストエディタが数多く誕生した。

当時リリースされた代表的なものとしては、iA Writer、Byword、OmmWriterなどがある。大学生だった私は、iA Writerで論文の草稿を書いていた。

なぜその時期にリリースが重なったか、原因はMac App Storeの誕生だ。iPhoneではアプリを簡単に販売できるApp Storeが早くから存在したが、Macにはそれが無かった。2011年にMac App Storeがリリースされたことで、個人・小規模の開発チームがMac向けにアプリを開発して販売するまでの障壁はかなり下がった。

その結果、それまでソフトウェア市場を占めていた多機能路線のソフトウェアとは異なる、機能を大胆に絞ったシンプルなMacアプリが数多く生まれた。stoneも、その流れを汲む事例と言えるだろう。

他のミニマルなテキストエディタとstoneの違いを挙げるとすれば、日本語に特化し、縦書きにも対応している点だ。この記事は縦書きで執筆しているのだが、英数字の入力を除けばとても自然にタイピングできる。

そう、英数字を除けば、だ。

縦書きで酔う

縦書きで入力を行っていると、自分の脳がどれだけ横書きでの入出力に最適化されているかを思い知る。左から右に向かって流れるテキストに慣れきっている。これは、iOSエンジニアとして毎日のようにXcodeでSwiftを記述している私だけでなく、現代社会を生きる多くの人がそうだと思う。

私たちは普段、数字とアルファベットが混在する日本語を当たり前のように記述しているが、それが縦書きになった途端にものすごく複雑なことのように感じられて、とても驚いた。

ここでひとつの実験として、stoneの縦書きモードでプログラムを記述してみた。

Programming on Stone

違和感しかない。いや、違和感があることは試す前から容易に想像できた。ほとんど英数字の記述なのだから。だが、実際に試してみてひとつ驚いたことがある。縦書きでコーディングをすると「酔う」のだ。

以前VRコンテンツ開発の過程でVR酔いを防ぐために学んだことだが、目の前の事象と、脳が過去の経験に基づいて予測した結果の不一致によって、人は酔うらしい。

Wikipediaの「3D酔い」の項には、酔いが発生しやすいゲームプレイ環境下として「思った方向に正確にキャラクターを動かせない」が挙げられているが、これに近い感覚だ。そのくらい、横方向にコーディングすることを脳が当たり前だと思っている、ということなのだろうか。

書くことの「気持ち良さ」を追求して作られたアプリケーションによって、今まで意識していなかった意外な「気持ち悪さ」に気づく、なかなか面白い体験だった。

プログラマとしては、今後も縦書きとはあまり仲良くできそうにないが、stoneのようにミニマルで美しいインターフェースによって集中を促すこと自体は良さそうだ。たまにはエンジニア同士の終わりなきテキストエディタ論争は休戦して、白背景を画面いっぱいに広げてコードを書くのも悪くない。