宇田川元一
埼玉大学大学院人文社会科学研究科准教授

埼玉大学大学院人文社会科学研究科准教授 1977年東京都生まれ。早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、長崎大学経済学部准教授、西南学院大学商学部准教授を経て、16年より現職。 専門は、経営戦略論、組織論。 ナラティヴ・アプローチを理論的な基盤として、イノベーティブで協働的な組織のあり方とその実践について研究を行っている。東京・秋葉原の埼玉大学経済経営系大学院で社会人教育を行う傍ら、Biz/Zineをはじめメディアへの執筆や講演多数。07年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞。

1万年壊れない建物、1000年続く組織はどういうものか?

宇田川氏は、臨床心理や医学の領域で支援される側の語りを促し、それを共有する「ナラティブ・アプローチ」を活用し、イノベーティブで協働的な組織のあり方について研究を行っている。

イベントは、宇田川氏による「異質性とクリエイション」をテーマにしたイントロトークから始まった。

その中で登場した4つの重要キーワード――「反脆弱性と自己組織化」「共進化ロックイン」「問い直し」「異質性・違和感」について、それぞれ見ていこう。

「1万年壊れない建物、1000年続く組織とはどういうものか?」

この問いに、宇田川氏は複雑系の研究者である池上高志氏らとの座談の中で、向き合ったそうだ。どんなに頑丈な建物を作ろうとしても、1万年耐えるものに仕上げることは不可能に近い。

だが、環境の変化によって建物自体が適応的に進化するシステムを実装できれば、どうだろうか。建物の設計段階で想定できる頑健性をひたすらに追求するのではなく、まるで生命のように環境に適応しつづけるシステムになることで、1万年耐えうる建物は作り出せるかもしれない。

この考え方は、『ブラック・スワン』の著者としても知られるナシム・ニコラス・タレブが新著で語った「反脆弱性」と近い。タレブは金融の世界でリスクをコントロールできず、バブルが崩壊することを「ブラック・スワン」と呼んだ。

ブラック・スワンに直面したとしても生き残る組織には、脆弱でも、頑丈でもない、反脆弱性が求められるという。そして、反脆弱性とは、ブラックスワンによって強くなる性質のことである。宇田川氏はBiz/Zineが主催するイベントにて、反脆弱的な組織について次のように語っている

宇田川:1000年もつ組織はどういう組織かと考えてみると、戦略的に完璧な設計がなされている組織ではないわけです。反脆弱的な組織というのは、必要に応じて形を変えられるような進化の仕組みを持っている組織でしょう。自己組織化だけではなくて自己組織化のルールを打ち破って再自己組織化ができるような、それを繰り返せるような組織であるはずです。

組織内の「異質性」に気づき、問い直し続ける重要性

2つ目のキーワード「共進化ロックイン」は、経営戦略論研究の大家であるロバート・バーゲルマンが提唱した概念だ。共進化とは、 二つの異種の個体群が相互に関係しあってともに進化する現象を指す。

共進化にロックインされる、つまり、市場の成長と企業の戦略が共進化した結果、新規事業が社内で淘汰されてしまう状態を指すのが「共進化ロックイン」という概念だ。クレイトン・クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」はこの議論が下敷きとなり生まれたという。

パソコン用のCPUで成功を収めたインテルは、成長するパソコン市場に経営資源を投下した結果、共進化した。だが、成長市場以外の分野に資源配分する合理性を説明することが困難となり、新規事業が生まれにくい状況に陥った。これが、共進化にロックインされた状態だ、とバーゲルマンはは分析した

共進化ロックインの状況から脱するには、どのような手段があるのか。宇田川氏は、3つ目のキーワードである「問い直し」を挙げ、その重要性に言及する。

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宇田川:つねに今の組織のあり方を問い直すという姿勢を持つこと。その際に重要なのが組織内の『異質性・違和感』に気づくことです。いま組織が元々持っている価値観を受け入れるということは、その価値観を焼き直すことに加担している共犯者になってしまっているのです。今の価値観に違和感の感じないなら構いませんが、もしもそこに『おかしい』と感じたら、その違和感を表明したり、表明している人のフォロワーになったりする。声を上げることが、組織を変えることにつながっていきます。

宇田川氏の語りの中で登場した「異質性・違和感」が4つ目のキーワードだ。異質性に気づき、組織の中で新たな挑戦を始める。すると、その行動を通じて、今まで組織の中で紡がれてきた価値観が相対化される。このプロセスがクリエイションにつながると、宇田川氏は語る。

宇田川:コダックと富士フィルムの例がわかりやすいかもしれません。コダックは収益の要であった銀塩フィルムに経営資源を集中したのですが、富士フィルムは自社の技術を武器に、半導体や美容機器まで事業の多角化を行いました。結果、コダックはデジタルカメラの登場で銀塩フィルムのニーズが減り、2012年に経営破綻。一方で、富士フィルムは事業の多角化を通じ、成功を繰り返し続けたんです。

事業部とstudiosを分けることで組織に創造的な緊張関係を生み出す

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4つのキーワードを踏まえた上で、中村と宇田川氏のトークセッションが行われた。

中村:宇田川先生の講演の中で登場した「異質性・違和感」というキーワード。私たちがtsukuruba studiosを作ったのも、組織の中に異質性を生み出したい、という狙いがありました。組織を事業部とstudiosに分けることで、お互いが異質なものにふれ、相対化される。そのプロセスを経て、組織の中に創造的な緊張感を生み出したいんです。

宇田川:以前、Biz/Zineの対談で『POWERS OF TWO 二人で一人の天才』の話をしましたよね。Appleを共同創業したスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアック、ビートルズのジョンレノンとポール・マッカートニー、2人の異なる才能が集ったことで、お互いが自身を相対化できていたと。ツクルバも共同創業でしたよね?

中村:Appleやビートルズと比べられると恐縮ですが(笑)。村上と2人でツクルバを立ち上げました。共同創業者がいるからこそ、お互いでバランスを取れていたのかもしれません。その緊張関係を今度は組織全体で設計しようとして、事業部とtsukuruba studiosを分けたんです。

宇田川:組織にあえて異質性を生み出すことが面白いと感じました。ある研究では、オペレーションが構築されている合理的な組織でイノベーションを起こすことは難しいと言われています。組織を分けることは有効な手段のひとつなんです。tsukuruba studiosではどのようなことを目指しているのでしょうか。

中村:集合天才型のデザインチームになることを目指しています。集合天才型とは、ひとつの肩書で表現できない知性が集まり、互いが相対化され、高め合うチームです。

2種類のイノベーションによって、組織構造を変える必要がある

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イベント中には参加者同士のディスカッションが何度か行われた。場にインタラクティブ性を持たせることで、場の議論を深めていく

宇田川:実はイノベーションは2パターンに分けられるんです。ひとつはプロセス・イノベーション。生産効率をあげるといったアプローチで、これは既存組織でも起こすことができます。

中村:もうひとつのアプローチはどのようなものでしょうか。

宇田川:プロダクト・イノベーションです。全く新規のアイデアを実装しようするアプローチですね。オペレーションが構築され、合理的に運営されている組織では、エビデンスがないものは棄却されやすい。なので、異なるルールで意思決定が行われる制度設計や、結果が保証されていなくても取り組むというマインドセットを持つことが重要になるわけです。

中村:ツクルバに置き換えるならば、プロセス・イノベーションは事業部でやろうとしていることに近く、プロダクト・イノベーションはstudiosでやろうとしていることに近いですね。

宇田川:既にstudiosで取り組んでいることはありますか?

中村:私たちが提供するサービスのひとつに、中古リノベ物件の購入サービス「カウカモ」があります。最近、アプリをリリースしたのですが、このアプリは事業部とstudiosのメンバーが共同で制作したんです。今振り返ると、アプリ開発の中でプロセスイノベーション的な側面とプロダクトイノベーション的な側面があったように思います。

宇田川:2つの異質な組織が協力しながらアプリを開発していったんですね。どのように、それぞれどんな視点を組み合わせたのでしょうか?

中村:実際は相互の視点が混ざりながらデザインは進んでいきましたが、分かりやすく表現するならば、事業部のメンバーは、既存のユーザーとの接点づくりをどう効果的につくっていくかを考え、studiosのメンバーは、これまで以上に物件購入の初期検討段階のユーザーとの接点をどうデザインするかという視点でアプリを開発したんです。studiosのメンバーは、これまでのユーザー像を超えて、新しいユーザーとの接点を考えられたのではないかと思います。

デザインは、異質性を乗り越えた先にある協業を支援する

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宇田川:異なる職種の人同士で協業しながら取り組む中で、難しさはありましたか?

中村:アプリを開発する中で、営業やマーケティングなどのさまざまな職種の視点を盛り込む必要がありました。異質なもの同士の対立を乗り越えて、統合した形に落としていく必要があったのです。その際に、デザイナーが重要な役割を果たしました。

宇田川:プロジェクトの中で、デザイナーはどのような役割を果たしたのでしょうか。

中村:さまざまな職種のメンバーの意見を可視化し、プロトタイプに落とし込んでいったんです。それによって、議論がしやすくなりました。

宇田川:なるほど。最近では、「マテリアリティ」というモノの価値を見直す研究が盛んです。それに通じるものがありそうです。

中村:マテリアリティはなぜ注目されているのでしょうか。

宇田川:ある事象を言葉で説明しようすると、食い違うことがあります。時には、認識の齟齬が起きたままでコミュニケーションが進んでしまうことも。ですが、プロトタイプを作ってしまえば、共通言語を持つことができるため、マテリアリティが注目されているんです。プロトタイプがあると、かえってお互いの考えの隔たりがあることに気がついたり、考えを深められていない点に気がついたりしますからね。

中村:一度、形にするとチームの対話が深まりますよね。

宇田川:劇作家の平田オリザさんは著書『わかりあえないことから』にて、日本にはなぜ対話がないのか、という話を展開しています。書籍の中では、対話がない理由を、お互いがわかりあっていると思い込んでいるからだと語られているんですね。お互いにわかりあえていないことに同意すると、対話が生まれる。デザインは、わかりあえていないことを可視化する、対話の準備の役割を果たせるんじゃないかと思っているんです。 組織が進化する中で、自己組織化を促す

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中村:「反脆弱性と自己組織化」の話についても聞かせてください。ツクルバという組織を考えるためにも「自己組織化」は重要なキーワードだと考えています。自律的に秩序を持つ構造を作り出す、自己組織化に成功している組織はあるのでしょうか。

宇田川:組織ではないのですが、象徴的な事例は「コミケ」ですね。参加者は、消費者ではなく当事者として、その場で求められている行動を自発的に行っているんです。たとえば、同人誌を買うためにATMでお金を降ろそうとして、列に人が並んでいるわけです。列の最後尾にいる人が「ATM最後尾」と画用紙に手書きした紙を持っていて、後ろに人が来たらその人にその紙を渡している。明文化されたルールがないにも関わらず、この仕組みが自然と成り立っていたんです。

中村:コミケの参加者は、単に「客」として参加しているのではなく、運営サイドの役割も果たしているんですね。

宇田川:そうなんです。当事者意識を持つだけに留まらず、当事者性がある。それが自己組織化だと考えています。もしコミケに訪れる人に「おもてなし」するような態度で運営スタッフが接していたら「空調がなぜ効いてないんだ」と、不満が出てきていたでしょうね。

中村:面白い事例ですね。組織に置き換えて考えた時に、組織はつねに進化していくものじゃないですか。コミケが変化した時も、継続して自己組織化は起きるか、という問いを考えてみたいです。

宇田川:明文化されたルールがなくても、組織のメンバーが当事者性を持って動くからこそ自己組織化が起きるわけです。そのタイミングで当事者ではなかった人々、つまりは組織に後から加わるメンバーには、自己組織化するプロセス自体が、既知のルールになってしまうことがありますね。ルールが所与のものとなってしまえば、ルールに従う人々がいるだけで、自己組織化は起きません。

中村:既知のルールと化してしまい、自己組織化が起きなくなるのであれば、既知のルールを定期的に壊すリズムを創り出すべきだと思うんです。問題や違和感が表出され、一定の期間で既存のルールを見直す仕組みを組織の中に埋め込めると、面白いのではないかと。たとえば、神宮式年遷宮は20年ごとに社殿を作り変えるというルールを設けている。同じ形式で社殿を作ることで技術が伝承されるだけではなく、時代の最先端の職人が作ることで、変化し続けるんですよ。

宇田川:神宮式年遷宮のように、かつて成功した方法を語り継ぐよりも、作り直しを続けられる文化を醸成することも、自己組織化のためには大事ですね。

中村:成功を語り継ぐのではなく、成功を繰り返すためにデザインが貢献できる余地はありそうですね。たとえば、成功のプロセスをデザインの力で可視化することで、組織のメンバーが「なぜ成功したのか」を理解し、新たな取り組みを始めるかもしれない。それが、組織の自己組織化を促すことにつながりそうです。

対話を可視化し、プロトタイプを制作する。プロセスを可視化し、組織を自己組織化を促す。デザインが貢献できる領域は組織づくりからアプリ開発まで幅広い。第2回目のゲストには、株式会社ミミクリデザイン 代表取締役 安斎 勇樹氏をお招きする。安斎氏とのセッションは、どのようなグルーヴを生み出すのだろうか。