市来広一郎
NPO法人atamista代表理事/株式会社machimori代表取締役
一般社団法人ジャパンオンパク 理事/一般社団法人日本まちやど協会 理事/一般社団法人熱海市観光協会 理事

1979年静岡県熱海生まれ、熱海育ち。東京都立大学大学院 理学研究科(物理学)修了後、アジア・ヨーロッパを3カ月、一人で放浪。その後、ビジネスコンサルティング会社に勤務。2007年に熱海にUターンし、ゼロから地域づくりに取り組み始める。著書に『熱海の奇跡~いかにして活気を取り戻したのか~』(東洋経済新報社)一市民としての目線で熱海という場に関わっていきたいということを込めて、“市民プロデューサー”と名乗っています。

新卒で外資コンサル会社に入社

──最初の就職先としてIBMビジネスコンサルティングサービスを選んだ理由を教えて下さい。

市来:海外から帰国した際に自分の身も心も化粧をしている日本人に閉塞感を感じました。そんな息苦しさのある日本を変えたいという思いが生まれ、コンサル業界を軸に就職活動を行いました。

コンサル業界の志望理由は2つあります。一つは、コンサル会社に入ればいろんな会社と関わり、その会社変える事でその先にいるユーザーや生活者の暮らしを変えられると思ったからです。もう一つは、外資系のコンサルという厳しい環境で、プロフェッショナルとして思いっきり仕事をするという姿勢を学びたいと思ったからです。そして就職したのがIBMでした。

──IBMに入社してそこではどのような仕事をされましたか。

市来:3年半勤務していました。主に一番多く携わった仕事はワークスタイル変革という働き方を変えることでした。この変革には2つ目的があります。一つはいかに生産性向上するかということ、もう一つは一人ひとりがどうやって生き生きと働いていくかでした。

元々会社入った時から、働き方や暮らし方を変えたいという気持ちがあり、僕にとっては後者の方がすごく関心がありました。この経験を通して仕事って楽しいなと思うようになりました。

本気で自分が打ち込める仕事を求め、一新塾へ

──IBMで勤務している間に一新塾に入塾していますが、そのきっかけは何だったのでしょうか。

市来:クライアントから依頼されて仕事するだけでは、やっぱり何事も変えることはできませんでした。でも仕事は楽しかった。これだけ仕事が楽しいなら、もっと本気で自分が打ち込めることをやったら、もっと楽しいのではないかと思うようになりました。

そこで実践的にアクションすることができる一新塾に入りました。一新塾では、週1回講義があって、第一線で活躍している起業家や政治家の話を聞き、これまで自分が全然知らなかった世界に出会いました。

そこでは熱海の街づくりをテーマにしてチームを立ち上げ、実際に熱海の街を変えていくために何をすべきかを本格的に考え始めました。チームの活動で毎週末はずっと熱海に帰っていましたが全然進まず。

平日もだんだん熱海のことばっかり考えて、仕事が手につかなくなって、気がつくと熱海のことをリサーチしている自分がいました。そこで仕事を辞め、熱海にUターンしました。

まずは相手に惚れること

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──Uターン後、地域の方々の取材を始めたと聞きました。地域の人たちとの関わる上で気をつけていたことは何でしょうか。

市来:徹底的に相手がやっていることを根掘り葉掘り聞き出すことにこだわっています。聞けば聞くほど相手は心を許してくれます。そして、その人たちの心の根っこにあるモチベーションの源泉を探り当てています。

正直、熱海の人たちのことを舐めていました。取材していたら面白い人たちがいっぱいいて、ビジョンや考えに共感し衝撃を受けました。大切なのは、こちらが関心をもつ、そして相手に惚れるということです。

──カフェやコワーキングスペース、ゲストハウスの立ち上げなど、街に対していろいろな仕掛けをされている中で、熱海を訪れた人にはどのように街を楽しんでもらいたいと思っていますか。

市来:飲み歩きです(即答)。暮らしと観光が混ざりあっていて、飲み歩けるくらいコンパクトな街が熱海の特徴です。それを知ってもらいたい、体感してもらいたいと思って活動しています。いいお店がいっぱいある、昭和の時が止まったような街並みもある。こういうのが熱海なんだなと思っていますし、それを感じてほしいです。

熱海こそ市来さんの生きる道

──地方創生は地元の人が協力的じゃないこともよくあると聞きますが、そういうことはありましたか。

市来:協力的な人もいるしそうじゃない人もいますね。そもそも僕が地元出身の人間だと知られていなかったんです(笑)。2013年頃、CAFE RoCAに十数人のおばちゃんたちがいきなりズカズカ入ってきて、「あなた地元の人間でもないくせに何様のつもり!」と言われたんです。

自分が熱海出身であることを伝えると、態度が一変し応援のお言葉をいただきました。この時、よそ者は地元の人にも拒絶されるんだと感じました。そして今、僕らはよそ者を受け入れることもよそ者と地元の人たちを繋ぐ役割だと思い積極的に活動しています。時には厳しいことを言われることもありますけどね(笑)。

──失敗も多々ある中でそれでも新しいプロジェクトをおこなう原動力は何でしょうか。

市来:僕も教えて欲しいです(笑)。でも、今まで一度もやめようと思ったことはありません。僕にとっては生きる道はこれしかないと思っています。会社を辞めたときに、熱海以外の選択肢は思い浮かびませんでした。何があったって死にはしないじゃないですか。だったら思い切ってやろうと。

人と地域をつなぎ続けたい

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──現時点で、市来さんの考える熱海のゴールを教えてください。

市来:2030年、熱海の独立(笑)。地域が自立することはすごく大事だと思っています。うまくいくかどうかはわからないですが。熱海は「境目」のない街へと変化してきました。地元やよその人、行政も民間の間にも「境目」がないとよく言われるようになっています。

それぞれの立場でいろんな関わり方ができる熱海だからこそ、関わる人が増えてきているのかと思います。何のプロジェクトをしていても「境目」がないのが熱海の面白さですね。

──これから地域でのアクションを考えている人へ、市来さんからメッセージをお願いします。

市来:最初に僕がやったことは、ひたすら面白い人たちに会いに行ったことです。その中で自分の役割も見えてきて、街への関わり方も変わりました。もし、そういう人が本当に誰もいなかったら大変ですが、その場合は自分からやり始めるしかないと思います。僕はUターンして、面白い街に面白い人たちが集まっていることを肌で感じました。

ぜひ、まずは知ることから始めてみてください!


コンサル会社で培った経験を活かして地元の人と外部から来る人を繋ぎ、熱海をより豊かな街にするため日々活動している市来さん。

代表取締役の立場になった今でも、市民プロデューサーとして一市民での目線で熱海に関わっています。その姿勢からは地元をどうにかしたいという強い意志、そして熱海に対する愛が感じられた。

地方創生はこれからの日本にとって重要な課題だろう。しかし地方が抱える問題はそれぞれの地域によって異なる。その問題を解決していくためには支援する側とされる側、両者の協力が必要不可欠だ。

支援する側とされる側がお互いの存在を尊重しあい、地域と真正面から向き合うことが地方創生に対するアクションの第一歩になるはずだ。

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