有坂塁

キノ・イグルー代表。2003年に中学校の同級生である渡辺順也とともに設立。全国で移動映画館を開く「キノ・イグルー」や恵比寿ガーデンプレイスでの「ピクニックシネマ」を始め、カフェや本屋、雑貨屋など様々な空間を自由自在に使い、映画の新たな魅力を伝えるプロジェクトを手がける。

映画のスイッチをONにする体験を

──有坂さんは映画を軸に多様な仕事をされています。元々やはり映画が好きだったのですか?

有坂:実はもともと映画は嫌いだったんです。でも、付き合っていた彼女に何度も誘われて、仕方なく映画を観に行った。嫌われたくなかったので(笑)

そしたら本気で心揺さぶられてしまった。「クールランニング」という映画です。笑って笑って最後には泣かされる、そんな内容でした。迷わずパンフレットを買って、その日はずっと読んでいました。映画が頭を離れなかったんです。その日をきっかけに自分から映画を見るようになりましたね。

──ハッキリと好きになった瞬間があったんですね!「移動映画館」という新しい映画体験を作られたのも、同じように「心揺さぶられる」体験を届けたかったからですか?

有坂:そうですね。映画についての知識がある人もない人も、みんなにワクワクしてもらいたい。映画って「知識のある人が偉い」という空気が未だにあると思う。でも、僕はみんながのびのびと自分の好きな映画について語れる機会を作っていきたいんです。

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例えば「ピクニックシネマ」という野外上映の企画なら、「外で映画を観る」という体験に興味を持った人に、後付けで映画の知識がついていくかもしれない。そういう楽しみ方があって良いんじゃないかなと。ロジカルに映画史を学ぶのも良いんですけど、入り口はもっとあってもいい。

きっと誰もが「映画を好きになるスイッチ」を持っている。そのOFFになっているスイッチをONにするためには、理屈ではなくワクワクが大事。考える前に、体験してもらえれば、自動的にスイッチは入ると思っています。

──そうしたイベントを作る際には、依頼を受けてからどのように進めているのでしょうか?

有坂:まず、声をかけてもらって直接会うところから始まります。それからスクリーン代や映画を上映する権利料など、予算を決めてから内容について話し合っていきます。話の中心は「その場所でしか体験できないものをどのように作っていくか」ですね。全体のイメージを決めて、それから上映する作品を決めます。

大切にしていることは、「依頼主さんと一緒にイベントを作る」という感覚です。話し合いが楽しくなければ、イベントが楽しくなるはずがないですから。毎回、依頼主さんとはとても仲良くなります。仕事終わりに一緒に飲みにいくことも多いですね。

──自分たちが楽しむことが大切なんですね。そうしたプロデュースにおいて、有坂さんが他に大切にしていることはありますか?

有坂:イベントに関わるさまざまなことを自分たちでやる意識は大切にしていきたいですね。例えばビラ配りをすることで、その街の空気を感じられるかもしれない。ビラを置かせてもらうために、そのお店の人とコミュニケーションが取ったら、そこから新たなイベントが広がることもある。

もう一つ大切なのは、人の心から湧き出たアイディアを、スピード感を持って形にしていくこと。そのアイディアが映画の世界をもっと面白くして、映画好きだった人が改めて映画に時間を使ってくれるようになったら嬉しいですね。

──現在もキノ・イグルーはさまざまなアイディア形にしていますが、とくに今後チャレンジしていきたいことはありますか?

有坂:多様な形での上映を継続しながら、映画を媒介にした多様なコミュニケーションを探求いきたいです。例えば僕が毎朝思いついた映画をインスタグラムに投稿する「#ねおきシネマ」は、人の日常に映画を届けて、「映画スイッチ」を押すきっかけをつくる取り組みです。

他にも以前、スタバの店員さんに好きな映画を書いた折り紙を胸につけて接客してもらったことがあります。すると、お客さんやパートナーの間に面白いコミュニケーションが生まれる。普段の自分のモードでお店に立てるので、マニュアル化した接客ではなく、一対一の個人として接することができるんです。こうした映画を使ったアイディアはどんどん試していきたいですね。

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情報過多な時代における映画館の可能性

──最近では、映画離れに伴う映画館の衰退が話題に挙げられますが、そのことについてどうお考えですか?

有坂:個人的には「そうなるべくしてなった」と思っています。でもその“映画離れ”の世代が、自分たちの力で新たな映画館を作ってくれるはず。従来型の映画館は減りましたけど、また違う形の映画館が増えていくのではないかと僕は楽観視しています。

──そうした現状を踏まえて、映画館という場所に今後どんな可能性があると思いますか?

有坂:今って常に情報をやりとりする状態が世代を超えて当たり前になりつつありますよね。僕もスマホを持ってて、インスタも1日5,6回更新してます。そうなると「スマホと自分」の関係性ばかり深まって、自分を内側に掘り下げる時間が奪われてしまう。スマホの電源を切り、映画の世界に100%浸れる映画は、この情報過多な時代おいて、自らと向き合う“教会”になる可能性を秘めているのではないでしょうか。

映画は自分の良さを引き出してくれるもの

──「自らと向き合う機会」と捉えると、選ぶ映画も変わりそうです…!有坂さんはどのように観る映画を決めていますか? 何かおすすめの考え方があれば知りたいです。

有坂:好みの枠のなかで楽しむのもいいんですけど、少しその枠を外れた映画も観るのもおすすめします。映画を観に行くときって、せっかくの2時間を無駄にしたくないから、自分が気に入りそうな映画を観るじゃないですか。でもそれが続いていくと、どこかで飽きてしまうと思うんです。

自分好みの世界の外側とどのように接点をつくるのか。きっとこれから皆さんもどんどん考えていくと思います。その時にきっと映画は有効なツールになってくれる。映画は「理解できないものにどう歩み寄るか」を、楽しみながら考える機会をくれるものだから。

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──最後に、有坂さんの考える映画の魅力を教えてください。

有坂:映画は、“自分の良さを引き出してくれるもの”だと思っています。人は「自分のことは自分が一番よく理解している」と感じている。でも、本当は自分なんていうのは一生かけても理解できないくらい大きな存在なんですよ。

映画は、誰かの世界を追体験することで、今まで自分の知らなかった感情や思考を引き出してくれる。色々な自分の良さを映画が引き出してくれるから、どれだけ観てもマイナスになることはない。もっとたくさんの人が映画を観て、自分を知るきっかけを持ってもらえたらいいなと心から思っています。

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